こんにちは、のぶもんです。
今週末の台湾では、映画界の一大イベント「金馬奨(Golden Horse Award)」の授賞式が開かれます。
今年のラインナップの特徴は、作品の質と興行収入のバランスが良いこと。すべての作品がすでに劇場公開され、興行ランキング上位に躍り出る作品も少なくありません。
なので、多くの人に知られた映画どうしで賞を争う形になり、盛り上がりを見せています。
そんな映画の中で、台湾映画で今年最大のヒットとなった「刻在你心底的名字」を見てきました。ちょっと長くなりますが、この映画の感想を書いてみたいと思います。
〈あらすじ〉
時代は1987年、私立のカトリック高校に通う優等生の張家漢(阿漢)と、個性的で正義感の強い王柏德(Birdy)。意気投合した二人は親友となり、いつしか友情を超えた感情を持つようになる。
折しも時代は、長らく続いた戒厳令が解かれ、自由化の波が少しずつ押し寄せてきた頃。二人の高校(当初は男子校)も女子学生を受け入れるようになるなど、変化の時を迎えていた。Birdyは女学生の班班と親しくなり、阿漢とBirdyの間には少しずつ溝ができ始め・・・。
これだけだと、最近よく目にするようになったBL映画と同種のものに見えるかもしれない。ところが映画を見ていくと、台湾における同性愛をめぐる、決して明るいとは言えない過去と、ひたすら青春を謳歌したいだけの若者たちが世の中の壁に何度もぶつかっていく様を見て取ることができるのだ。
〈欠点も多いがそれを上回る熱量を感じる〉
この映画には実は、弱点が多々あるように感じる。
まず、数多くの伏線が未回収のまま終わっている。
例えば、阿漢の家庭は父が外省人・母が本省人という組み合わせで、しかも父が熱心なクリスチャン。この設定だけでも、一つの重厚なドラマが作れそうだが、映画はそこを追っていかない。
また、高校時代ラストのシーンでは、二人は列車と船を乗り継ぎ、澎湖の果ての砂浜へ行く。普通の映画なら、その土地に対する主人公の思い入れや必然性が示されるのだが、阿漢がなぜ澎湖に行きたがったのかよく分からない。「消失的情人節」で登場した嘉義縣東石の海岸のシーンは、必然性がわかりやすく示されていた。
(こちらの「消失的情人節」のほうが、完成度は上だと思う)
このようになってしまう理由としては、この映画のストーリーが、監督の個人的体験にかなりインスパイアされたものであることに関係しているのでは?と推測している。
舞台が台湾中部のカトリック系の学校であること、学校で阿漢の相談となっている神父がカナダのモントリオールから来たこと、神父自身が同性愛者で社会との矛盾に苦しんでいたこと、など。
監督の中で深く了解され、訴えかけたいことが、観客にとって消化しやすいことより優先されてしまっている気がするのだ。
それでも僕は、この映画を結構推している。先に述べた「脚本・編集のアラ」が気にならないのであれば、号泣度100%は確実。実際、映画館でも後半になるとすすり泣きがあちこちから聞こえた。
これはひとえに、主演の二人の熱演が映画全体の細かなアラを流し去るくらいの熱量を持っていたことに尽きると思う。とにかく二人がお互いを見つめるときの表情そして目がすごくいい。互いに好きで好きでたまらない、というのが画面いっぱい伝わってくるのだ。
これはもしかすると、今となっては男女の恋愛劇では成立しづらいかもしれない。男女恋愛では、社会が二人を引き裂くとか、許されざる恋といったシチュエーションに現実味がない。だが、同性愛となるとそうはいかない。
戒厳令が解かれ、台湾社会は少しずつ自由な社会への歩みを進めることになるが、同性愛をめぐる状況が改善されていくのは、かなり後になってから。
阿漢もBirdyも、自分たちの関係がいずれ終わりを迎えざるを得ないことは痛いほど分かっており、だからこそ純度100%の恋愛感情に発展していったのでは?と思えるほどだ。
この作品で非常に優れているのは音楽だ。主題歌の「刻在我心底的名字」(←タイトルが「你」ではなく「我」なのが、いろいろ想像を掻き立てる)を歌うのは、盧廣仲。この歌がとんでもなくすばらしい。これ以上切ない恋愛ソングはないんじゃないか、と思うくらいピュアなラブソングになっている。
面白いのは、この歌が台湾トップクラスのシンガーソングライターである盧廣仲自身の作詞・作曲でないこと。「他人」の歌を歌うことで、歌が「二人のもの」になっていると思うのだ。
この歌は、もちろんエンディングでは流れるが、劇中でもう一回流れる。このシーンは必見なので覚えておいてほしい。
作品の質で言えば、これから見る予定の「無聲」や「親愛的房客」、「孤味」などの方が上だろう。
だが、俳優どうしの熱演がまるで化学反応のように光や熱を放つ、という点では、「必見」の映画に入れても良いと思う。日本での公開の可能性も高いと思われるので、機会があればご覧になっていただきたい。