こんにちは、のぶもんてす。
かき氷攻撃で力尽きた僕。翌朝は、台中でまた訪れたことがない日本統治時代を中心としたの建物を順に見学していきます。
まずは、朝の旧台中駅舎。美しい姿が青空に映えますね。
台中駅から路線バスに乗り、最初に向かったのは「一徳洋樓(林懋陽故居)」。1920年代に建てられた当地の富豪の邸宅が今まで保存されてきました。
老街でよく見るようなバロック建築とも少し違い、なかなかシャレています。
台中は、日本統治時代になってから本格的に開発か進みました。そのせいか、清代の建物は少なく、日本時代のバロック様式の洋館や木造の日本家屋が案外多く残っています。
高層マンションを背景に、瀟洒な洋館。歴史建築の保存に熱心な台中市の2つの側面を見た感じがします。
ただ残念なことに、現在内部は閉鎖中。以前はカフェやショップが入っていたのですが、最近撤退していましました。現在は新しいテナントを募集中とのこと。
歴史建築の保存方法として、テナントを入れてテナント料で維持費用を捻出する、という手法があります。が、すでに各地区で同じような施設が増えていることもあり、日本時代の建物にお店が入るだけでは儲からない時代になりました。
次回の訪問時には、新たなお店のもと、内部の見学もじっくりできるようになっていることを期待したいです。
「一徳洋樓」
住所:台中市北屯區文昌東十一街14巷1號
開館時間:10:00~17:00(火曜水曜定休)
一徳洋樓から歩いて10分くらいの場所に、今度は台湾の戦後の一つの象徴である眷村の文物館に着きました。
ここはかつて、北屯新村という、空軍の家族が住む住宅が建ち並んだ眷村でした。そこが、台中市が管理する眷村の文物館として一般に公開されています。
他の町の眷村文物館同様、当時の暮らしぶりが分かるような展示がたくさんあります。
ここは、駄菓子屋コーナー。台湾も昔はどの街角にもこういった雑貨屋兼駄菓子屋のような店があり、眷村の住民の暮らしを支えていました。
日本の昭和の風景ともかぶりますよね。
この手のスローガンが壁のあちこちに貼られているのはご愛嬌。ですが、眷村が現役だった頃は、こういった様々なスローガンのもと、祖国(外傷人にとっての)を解放し、そこに帰ることを本気で夢見ていたのだと思います。
この文物館は、カフェやレストランもあります。普通にドリンクだけでゆっくり休めますが、なんと途中から団体さんの予約があるとのことで、先程の駄菓子コーナーに移動させられました(笑)。
この日はなぜか、久々に珍珠奶茶を飲みたくなり、注文。昔ながらのやや甘ったるい感じが、僕好みでした(^^)
眷村は、日本人にとってどうしても縁遠くなりがちな施設。人によっては忌避するかもしれませんが、これもまた戦後台湾の歴史の一つ。
日本であまり紹介されない台湾を知るには良い学習施設だと思います。
「台中市眷村文物館」
住所:台中市北屯區天祥街19號
開館時間:10:00~17:00(月曜定休)
さてここからは再びバスに乗って、台中公園の近くで降ります。そこで向かったのは、柳原教会。日本統治時代に建てられた煉瓦造りの建物が美しい教会です。
ここは観光地化されておらず、基本的には中に入ることはできません。
それでも、柵が低くて教会の写真を撮るのは難しくないので、いろいろな角度から写真を撮りました。
帰り際にダメもとで守衛さんに「中に入ってもいいてますか?」と聞いたところ「中庭付近だけならいいよ」と許可をいただけ、より近い場所から教会の建物を撮影することができました。
あ、普通に歩いていても教会はよく見えるので、無理に入ろうとしなくても良いと思いますよ。
「柳原教会」
住所:台中市中區興中街119號
今のところ非公開
こんな感じで、台中の古い建物をめぐる散策は始まったばかり。次回はどんな建物に巡り会えるのでしょうか?